編集プロダクションとは
『編集プロダクション』(以下編プロ)を簡単に説明しますと、雑誌や単行本の中身を制作する会社です。私が入った会社では、アニメやゲームなどのコンテンツを、本や雑誌にまとめて出していました。
例えば任天堂『スーパーマリオ』の攻略本を作るとします(あくまでも仮です)。
ただ、作りたいから作るというのでは同人誌と同じ。当然任天堂に許可が必要です。また、製作費や印刷費など、膨大な金額が必要ですし、いきなり任天堂にお願いしたところで、編プロ(多くは10人未満の弱小企業)ごとき門前払いです。
なので、本来は大きな出版社に企画書を提出し、出版社が任天堂と交渉。許可を得たなら、出版社の名前のもと、本を作ります。当然、製作費や印刷費などは出版社持ち。したがって、出版社もピンキリで、お金があって任天堂にも顔がきくところに企画書を出すようになります。例えば、小学館や集英社、角川などです。
実際には、出版社が任天堂に企画を出し、OKが出た後、まかせる編プロを選ぶというのが多かったです。私の会社の場合、そうした出版社と繋がりが強かったので、こちらから企画を出すより、出版社からの依頼がメインでした。それでも、こちらがやりたいアニメやゲームの本もありましたので、モノによって適切な出版社に企画書を持ち込みます。ただ、その場合、希望が叶うのは10本に1本の打率でした。
何ページの攻略本にするか
こうして出版社からの依頼で、スーパーマリオの本制作に取り掛かります。
最初に考えるのは、本のボリュームです。たいてい、出版社側が採算を考慮して何ページぐらいにと、我々編プロ側に聞いてきますが、実際にページ数を確定するのは編プロ側です。
まずスーパーマリオをプレイして、ゲームのボリュームを見ます。これがとても大切です。当然ですが、ゲーム内容を見ずにページ数は決まりません。もちろん、出版社の採算性を考慮にする必要がありますが、ほとんどの場合辺プロ側の意向が通ります。例えばゲームが100ステージあるのに、80ページで制作するなんて無理(実際には、出版社に泣きつかれればこれで作ることもあり)。ですから、ゲームのボリュームを見切った上で、ページ数を決定します。
また、スーパーマリオは人気タイトルなので、薄い本より厚いものの方が売れる傾向があり、結果、200〜300ページと決めます。
具体的なページ数は、攻略本制作の実質的な責任者、編プロ内のベテランが決めます。「スーパーマリオ攻略本制作のチーフ」と呼ばれ、ページ数やスタッフの人数、制作期間などを出版社と相談しつつ決めます。時には、任天堂広報と直接やりとりすることもあります。
私がチーフの時は、実はゲームをプレイしなくてもページ数は予測できました。ゲームによって、だいたいのボリュームがわかります。スーパーマリオの場合でも、前作よりボリュームが下がることはなく、前作が200ページだったら、今作は250ぐらいかと予測します。これに、少し余裕を持たせて、プレイ前でも280ページと決めるのです。
出版社の都合もあり、少しプラスマイナスがあったりしますが、おおよそこれで決まります。
実は、出版社としては、ページ数を早く知りたい状況があります。200〜300で予算計上するわけですが、実際のページ数がわかって、より精査した予算を出版社内で通す必要があるからです。
スーパーマリオの攻略本ですから、それなりに需要があるので予算もかけられますが、全然知られてない初シリーズゲームの場合、300ページ分の予算なんてかけられません。そのため、前作の人気や本の売れ方、現在のゲーム人気の方向性など考慮し、予算が決められるので、実際に攻略本を出すと決まるまでには時間がかかるわけです。
しかし、本当に決まるまでに制作を待っていると、本を出す時期が遅くなってしまいます。
攻略本は果実や野菜と同じで、旬のうちに出さないと売れません。ゲームが出て1年立ってから攻略本が出ても、誰も買わないでしょう。
そういうこともあり、予算確定と制作は同時進行になることがほとんどなのです。
制作スタッフを招集
ページ数がおおよそ決まりました。
ちなみに、本のページ数は1折16ページ単位で構成されています。
大きな紙1枚の裏表に8ページ分の記事を印刷し、それを規則通りに折って行きます。すると、表裏合わせて16ページ分の小冊子ができるので、ページがつながって箇所を裁断すれば、16ページの本ができます。これを何折も積み重ね、1冊の本ができるわけです。
スーパーマリオの攻略本が、16ページ×18折の288ページで構成したとします。
さて、台割の作成です。
台割とは本の設計図です。何ページから何ページまで、何の記事を書いていくか、どのエリアやステージを攻略していくかなど決めます。ページ数が多いので、情報もれや解説の重複を防ぐのに欠かせません。
これもチーフの重要な作業で、最初は自社制作の専用ソフトを使ってましたが、後年は面倒なのでExcelで作ってました。
続いてスタッフです。
まず大前提で、私はアクションゲームが苦手です。
実際のマリオの場合、1面クリアするのに3機は消費してしまいます。
ですから、ゲームプレイとライターを同時にできるスタッフが1人必要です。また、マリオが得意なライターを探します。288ページのライターは2、3人では無理があります。ですから、社内で手の空いている社員に声をかけ、難しいようなら、外注スタッフに声掛けします。
外注スタッフという持ち駒は、編プロの生命線です。
我が社は、某有名大学の漫研出身者が立ち上げた会社で、大学の近くに事務所があります。そのため、現役漫研の学生や、漫研以外の学生とも交流があり、いざとなれば臨時バイトに勧誘できる強みがありました。
私自身、何度もバイトとして使っているので、携帯電話には学生諸君だけで100人はいました。とはいえ、試験や卒論、外せない授業など制約も多く、常時使えるのは20人ほどでしたが。
スーパーマリオの人気は高く、発売前のソフトに触れるというので、すぐに学生が4人集まりました。しかし彼らは、ライターは素人なので、写真とマップ制作スタッフに回します。ライターは社内で2人、社会人外注で2人用意しました。
大変な写真撮影とマップ作業
実は、攻略本で大変なのは、記事もそうですがマップや写真の用意です。
かなり昔のことですが、攻略本の写真はフィルムカメラで撮っていました。ゲーム画面が映ったテレビを暗幕で包み、その中でカメラで撮っていたんです。だいたい128ページの攻略本に必要な写真枚数は、500枚以上。24枚撮りのフイルムだと25本は消費します。
これはあくまでも使用する可能性のある写真で、実際にはこの3倍ぐらいの写真を撮って、より良いものを選んでいきます。
そして、新宿にある専用ラボで現像してもらうのですが、数によってもちろん変動しますが、1日あれば出来上がったと思います。
写真はポジフイルムです。
後年、攻略写真はビデオプリンターに代わりました。ビデオプリンターはテレビ画面が、そのまま紙焼きの写真となって出てくるのが便利でした。ポジフィルムの時は、撮り直しがあった時、また新宿まで行く必要があったからです。紙焼きの場合、そのまま入稿が可能です。
ですが、ビデオプリンターにも弱点がありました。
機械が加熱して、一度に50枚出せば動けなくなってしまうのです。かといって、同じ本の中で、ポジフイルムとの併用はできません。比べると、明らかに違いがわかるからです。
それに、プリンターの価格が、まだ一般的ではなかったので、高価でした。1台30万はしたと思います。ですから、編プロなんてどこも弱小企業なので、2台、3台とビデオプリンターを揃えることはできず、加熱したらとにかく動くまで待つしかありません。冬なら1時間ほど待つだけでしたが、夏になると3時間以上止まることがありました。
ゲーム雑誌を出している出版社なら、そんな事情をよく知ってくれているので、ビデオプリンターを3台貸してくれたことがあります。ありがたかったです。
ちなみに、そのうちの1台は当社の据え置き機となりました。この事情は、私にはわかりません。永遠の謎です。
写真も大変でしたが、実は、攻略本でもっとも大切で大変なのは、マップ作りなんです。
私が入社した頃のマップ作業は、イラストでした。
スーパーマリオのようなアクションゲームなら、定規を使ってキレイに描けますが、RPGのマップになると、フリーハンドになり、結構いい加減な感じになります。
それからしばらくしたら、ビデオプリンターで撮影して出力したものを、切り貼りしていきました。
写真とマップで、ビデオプリンターは大活躍です。が、止まるのも早まります。
作業革命のビデオキャプチャー
ですが後年、画期的な手法が開発されます。
ビデオキャプチャーです。
パソコンにキャプチャーボードを仕込み、ゲームのプレイ動画を撮影。必要な場面を、パソコンで写真に撮っていくんです。
マップ作成には特に便利で、それ以前は、ビデオプリンターで出力したものを切り貼りして、大きな1枚のマップを作っていたのですが、パソコン作業だとハサミもノリもテープも不要。作業効率が、5倍は上がりましたね。
多分、現在でも、雑誌などで掲載されているゲーム画面は、同じ方法で作られていると思います。
いきなり最強プレイ デバッグロム
写真撮影とマップ作りには、デバッグロムが欠かせません。
デバッグロムというのは、開発用のもので、ゲームに不備がないか開発スタッフが確認するため用意されるもので、これがあればマリオの残機を無限にすることや、敵に触れてもダメージにならないことなどができます。
RPGなら、敵の出現も無くすことが可能です。そしてもちろん、どのステージからでも始められ、障害物に惑わされることなく、隅々まで行くことができます。
このデバッグロムは、メーカーから借りられるのですが、これがいつ手に入るかによって、作業効率とスケジュールが大きく変わってくるのです。
このロムがないと、人海戦術で複数台のビデオプリンターに24時間張り付く必要ができますが、スタート時からあれば、少なくとも土日は休めるようになります。
デバッグロムは超重要なもので、借りるのはいつも2〜3本。出版社がメーカーと契約書を作り、編プロがサインして借りられます。
製品前のソフトなので、データ抽出が簡単ですから、これが外に出ると、ソフトの極秘情報が漏れてしまうわけです。
とはいえ、編プロでは案外無造作に机の上に置いたりしてますが。今思えば、メーカー側の開発情報も詰まっているわけですから、それを他社に貸し出すなんて、意外にうちの会社は信頼されていたのかもしれません。
デバッグロムは、盗難や壊れたりするのが怖いので、私は本が完成次第速やかに、メーカーや出版社に返却していました。出版社の場合、わざわざ持っていって、手渡しで返してました。
ちなみに、メーカーによっては、デバッグロムを貸し出さないところもありました。しかもRPGです。敵のHPやMP、どんな術や技をかけてくるのか1体ずつ何度も戦って検証したことがあります。この時ばかりは、メーカーに殺意を感じましたね。今はもうないメーカーですが。
実作業に突入
さて、話を戻しましょう。
写真、マップ製作用に学生バイト4人。攻略情報などを書くライターを4人。288ページで8人は、かなり多めです。実際には4、5人で対応します。ただ、学生さんは学業重視なので、4人といっても常時使える人は1、2人ですからこんなものでしょうか。
ゲーム内容と、攻略情報がある程度まとまれば、台割はほとんど完成です。288ページで構成された本の設計図を、出版社の担当編集さんに確認してもらいます。
ページ構成は、スーパーマリオなら、マップ上に攻略記事を掲載するのがほとんどだと思います。なぜならステージマップが長いので、最初にマップだけ集めて掲載し、その後記事をまとめると、ステージのどの部分の記事か検索しづらくなるからです。
なので、マップページは攻略情報込みということで、1ステージ分20ページ取ることにします。ちなみに、ゲームは10ステージあるとします。これで200ページ分決まりました。
実際には、ゲームの序盤の方がステージは短く、後半ほど長くなります。その辺りは、マップを完成させ、記事内容も考慮して、多少変動させていきます。
288ページのうち、200ページは決まりました。あと88ページはどうするか。
これは、ゲーム中に登場するアイテムやキャラクターの解説で半分ほど使います。
スーパーマリオほどのゲームなら、イラスト素材は豊富で、登場するキャラやアイテムイラストはすべて存在します。しかも、マリオなどの主要キャラのイラストは、キャラ同士が絡んでいるものもあるので、40ページぐらい十分です。
単にイラストを掲載するのではなく、キャラの弱点やパラメータ、エピソードなど盛り込むことで、キャラ辞典風にすることができます。
もちろん、これはイラスト素材や、情報があるゲームならできることで、イラストがなく、情報も乏しいシューティングゲームなら、10ページでも難しいでしょう。
これがRPGなら、敵キャラやアイテムの数は、アクションゲームの比ではありません。アイテムリストで40ページなんて本を、何度も作ってます。
ページ構成が煮詰まり、大割りに落とし込んだ後は、いよいよ本番です。
とりあえず、手が空いてソフトに触れるものには、写真を撮りながらプレイをしてもらいます。
ゲームが得意な人にはなるべく全ステージをクリアしてもらい、ボリュームを確認します。攻略情報を書くライターには、少なくとも自分が担当するステージは、何度でも時間が許す限りプレイしてもらいまずが、どうしても苦手な箇所が出てきた時は、得意なプレイヤーがつぶさに写真を撮って、テクニックを伝授してもらいます。
アクションゲームでもメモは欠かせません。
スーパーマリオなら、どのブロックに隠しアイテムやワープがあるかなどの情報はもちろん、効率よく敵を倒しながら進む方法もあるので、そのポイントなどをメモします。記事を書くときは、このメモを見ながら書く人が多いです。
RPGが題材なら、文章をパソコンで書きながら、写真と記事を書く人もいます。
ただ私は、同時に何かをするのが苦手なので、写真なら写真、記事なら記事を集中的にこなし、間違いのないようにしています。
結局、スケジュールに合えば、どんなスタイルで仕事をしても良いです。
出版社に台割をみせると、具体的なスケジュールの確認を、担当編集と相談します。
スケジュールは仕事をもらう前に、およそ1ヶ月とか2ヶ月、またはこの日までに書店に並べたいなどの話が、相談レベルであるのですが、台割ができて実際の入稿日付が決まります。
もちろん、出版社の日程は外せないので、台割は十分考慮したものにするのですが、それでも容量の関係で多少ズレることもあり、担当編集に相談するわけです。
微調整が必要なスケジュール
スケジュールは、出版社サイドとの微妙な駆け引きになります。
実は、出版業界のスケジュールは、ズラそうと思えば1週間ぐらい伸ばすことが可能です。
出版社側は、ここがデッドだから、この日を過ぎては出せなくなるからというのですが、実際には1、2週間伸びても出せることは出せるのです。ただ、信頼関係の問題で、この日に出すと約束しておきながら出さないと信頼関係にヒビが入る。特に編プロは、大半は弱小企業。出版社の信頼無くしては、次の仕事に結びつかないのです。
では、なぜスケジュールをズラせるのか。
それは、編プロ側もそうですが、ある程度サバを読んでいるからです。
出版社の担当編集は、基本定時に仕事を終わりたいのです。多少残業もありますが、家庭がある以上、毎日仕事で終電帰りなどしたくありません。なので、ゆるいスケジュールを最初から組み、我々編プロには厳しめの日程を突きつけ、これを過ぎると本が出せないなどと言ってくるのです。
編プロ側はそれを知っており、とりあえず出版社のスケジュールを飲みますが、多少後ろになる可能性もありますと伝え、決まった日程より2、3日遅れることもあるということをあらかじめ予告していきます。
私の場合、決まった日程から遅れたことはほとんどありませんが、仮に遅れても、予告しましたよねと担当編集にいうことができるのです。
スーパーマリオのスケジュールですが、288ページはボリュームがあり、2ヶ月はほしいのですが、実質1ヶ月半で作業します。マップ制作と写真撮影が同時にできるのと、マップとキャラ、アイテムなどの画像の多いページが主流になるので、全ページを文章で埋めるより、時間がかからないからです。
それでも、週に1日は徹夜作業になりますし、土日のうちどちらかは潰すことになります。
学生バイトの場合は学業重視なので、出社はまちまち。外部スタッフは主に自宅作業。社員スタッフは時折終電帰宅と、土曜出社。ですが、本制作の監督であるチーフは、簡単には帰れません。なぜかといえば、彼らスタッフが仕上げてくる、写真やマップ、テキストなどにミスがないか確認する必要があるからです。
また、自分の担当ページの制作もあります。他のスタッフより、ボリュームは少なめですが、それでもある程度書いたりプレイしておかないと、もしスタッフに病気などで欠員ができた場合、そのフォローには入れないからです。
チーフが全体の把握をしているため、容易に休めないのが辛いです。私の経験では、3ヶ月休みがなかったことがあります。1週間家に帰らなかったことも。
こうした経験は、アニメの制作進行と同じかなと思いつつ、耐え忍んでしました。チーフになる頃には、アニメ制作に戻る気はまったくなかったですが。
ちなみに雑誌や本を一冊任せられるチーフには、私は半年ほどで慣れました。大体1、2年の経験が必要だそうですが、当時の我が社のスタッフは社長含めて6人だけだったので、未熟でもやらされてしまったんです。
スーパーマリオの288ページ攻略本は、スケジュールが決まり、スタッフとそれぞれどのページを担当するのか決まりました。
これでようやく本番スタート。ですが、デバッグロムが来た当初から、プレイと写真、マップ制作は始まっています。
この後は、ひたすら作業に没頭し、毎日終電の時間と戦い288ページを作り上げていきます。
媒体は異なりますが、どうやらアニメの制作進行のような本制作の仕事は、私の性に合っていたみたいです。
作業についての詳しい話はこの後、スペースがあれば語っていきたいと思います。
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